幻のスター ジェームス ディーン

james dean portfolio by dennis stock
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ジェームス ディーン 写真集

幻のスター ジェームス・ディーン最後の写真集
カメラ / デニス・ストック
ジミーの友人デニス・ストックの詩情あふれるカメラによって描き出された真実のジミー
未発表を含む大型写真12枚セット
 ジェームス・ディーン ポートフォリオ
ジミーの真実のひととき
小森 和子

 想えば、もう10数年もの昔なのに、この写真の1枚1枚が、私にジミーの故郷訪問の、ひとときひ
とときを、まざまざとよみがえらせてくれる。ここにば“永遠の青春像”となったスター、ジェーム
ス・ディーン、その映画では知られざる一青年ジミーの、孤独なたましいと、青春の夢が息づいている。
 ここに見られるジミーの故郷インディアナ州フェアモントの農場は、アメリカのほぽ中西部。私が
ここを訪ねたのはジミーの死(55年9月30日)後約3年余の58年11月18日。ジミーが夢をふくらませ
たニューヨークを、ラガーディア空港から11時35分AMに飛び立ち、インディアナポりス市に着いた
のは2時40分PM(この間に時差あり)。街の中をバス発着所までいき、グレイハウンド・バスに揺ら
れて約3時間。フェアモントのマリオンなる終着駅に降り立った時は、もう日はとっぷり暮れていた。
“ウェルカム・ワゴン”と記された車から「私はジミーのメモリアル・ファウンデーションで奉仕する者」
と名乗り出た中年婦人に迎えられ、乗ったそのワゴンには、ジミーの祖母さんエンマさんが、手をさ
しのべていて下さった。この手かジミーを抱き、育てたのだ、と思うと、万感が胸に迫った!
 その祖母さんも祖父さんも、そしてジミーのファウンデーションも、今はない。
 だかジミーが……8歳で母と死別。カリフォルニアで病院勤めの父(歯科医)とも別れ、エンマ祖母
さんに連れられて帰り、阻父母のディーン家(この地方で10数代伝わる旧農家)と、父の妹が嫁した
ウィンスロウの叔父叔母(やはり農家)の家を往復して、高校を出るまでの日々をすごした故郷マリ
オンは、今も変らぬ姿で存在する。
 祖父母さんも、ウィンスロウ叔父叔母夫妻も純朴そのものの心やさしい人たちだったけれど、多感
な思春期を迎え、ましてや感受性豊かなジミーは、孤独だったらしい。好きなスポーツには熱中する
が、ふだんは学校でも家でもすこぶる無口で、ひとりひっそり母ミルドレッドや曾祖父キャル・ディ
−ン墓のそばで、ジッと物思いにふけっていたという。
 そんな彼が、何よりの友としたのは家畜たちで、愛犬のタクを連れては羊や豚たちの中を駈けまわ
り、にわとりに朝のエサをやるのは彼の日課だったとか。また白いバーン(家畜小屋)の中にボー
ルかごをつって、ひとりバスケットボールの練習もしていたという。
 彼が最初にスピードに興味をもったのも、ウィンスロウ叔父さんが贈ったオートバイで、これで農
場を駈けめぐった彼はしばしば行方不明になり、やっと帰宅すると、納屋や彼の部屋で、夜更けまで
声高らかに朗読をしたり、芝居のせりふを練習していたという。
 ジミーの孤独な青春の日々を、演劇の世界にめざめさせ、またスピードに乗って、自由に夢のつば
さをひろげさせたのも、この農場の日々。ここは永遠のスター、ジェームス・ディーンをはぐくんだ
温床ともいえよう。
 そして今、あまりにも夢多きがゆえにやすらぎなかったジミーのたましいが、静かにいこうのも、
このマリオンの自然に恵まれた農場なのかもしれない。
 
ジェームス ディーン ポートフォリオ
 1974.4.20 初版
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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